多発神経障害(多発ニューロパシー)は、全身の多くの末梢神経に同時に起こる機能不全です。
多発神経障害には、突然発症する急性のものと、数カ月から数年かけて症状が徐々に現れる慢性のものがあります。
原因
急性多発神経障害の原因はいろいろあります。毒素を産生する細菌の感染症(ジフテリアなど)や、自己免疫反応(ギラン‐バレー症候群など)でも起こります。鉛や水銀などの重金属を含む有毒物質、一酸化炭素、ある種の薬も多発神経障害を起こします。原因となる薬には、抗けいれん薬のフェニトイン、いくつかの抗生物質(クロラムフェニコール、ニトロフラントイン、スルホンアミドなど)、化学療法薬(ビンブラスチンやビンクリスチンなど)、鎮静薬(バルビタールやヘキソバルビタールなど)が含まれます。多発性骨髄腫などの癌は、直接浸潤して神経を圧迫したり、毒性物質を産生して急性の多発神経障害を引き起こします。
慢性の多発神経障害は、しばしば原因不明です。最も多い型の慢性多発神経障害の一般的な原因は糖尿病ですが、アルコールの過剰摂取も原因になります。米国では、栄養不良状態のアルコール依存症患者を除けば、ビタミンB欠乏などの栄養素の欠乏による慢性多発神経障害はまれです。ビタミンB12欠乏症による悪性貧血も慢性多発神経障害の原因になります。その他の原因には、甲状腺機能低下、肝不全、腎不全などがあります。まれな原因として、肺癌などの癌、ビタミンB6(ピリドキシン)の過剰摂取があります。
血糖値のコントロールが不良の糖尿病(糖尿病を参照)では、いくつかの型の多発神経障害が起こり、これらは糖尿病性神経障害(糖尿病性ニューロパシー)と総称されています。糖尿病はまた、眼や太ももの筋肉に脱力を起こすのが典型的な、単神経障害や多発単神経炎の原因でもあります。
一部の多発神経障害は遺伝性です。
症状
骨の足首の両方を骨折化合
急性多発神経障害(たとえばギラン‐バレー症候群)では、両方の脚に突然現れた症状が、上に向かって腕に広がっていきます。症状は脱力、チクチクする感覚または感覚消失です。
慢性多発神経障害の最も一般的なタイプでは、感覚だけが侵されます。通常は足が最初に侵されますが、手が先のこともあります。チクチクする感覚、しびれ、焼けつくような痛み、振動が感じられない感覚消失、手脚の位置が認識できない位置感覚消失などが目立つ症状です。位置感覚が失われると、歩行や立っているだけでも不安定になります。徐々に筋肉を動かさなくなり、最終的には筋力が低下して萎縮します。
糖尿病性神経障害では、手足にヒリヒリする痛みや焼けつくような痛みが起こる、遠位性多発神経障害と呼ばれる症状が現れます。痛みはしばしば夜間に悪化し、触れられたり温度が変わるといっそうひどくなります。温度感覚と痛覚が失われるためにやけどをしたり、長時間の圧迫や外傷によって皮膚に潰瘍ができたりします。過度の負荷を警告する体のサインである痛みを感じないために、外傷による関節損傷が起こりやすくなります。このような外傷は、シャルコー関節と呼ばれています。
多発神経障害では、血圧、心拍、消化、唾液分泌、尿生成などの、体の不随意機能をコントロールしている自律神経系の神経がしばしば侵されます。典型的な症状は、便秘、腸や膀胱のコントロール喪失(尿や便の失禁につながります)、性的機能不全、血圧の変動などです。血圧の変動が最も顕著に現れるのは、立ち上がったときに急激に血圧が下がる起立性低血圧です。皮膚の色は青白くなり、乾燥して発汗量が減少します。
遺伝性の多発神経障害では、ハンマー状足指、足のアーチが高い、脊椎が曲がっている脊柱側弯症が現れます。感覚の異常と脱力は軽度です。患者は症状に気づかなかったり、気づいても重要視しなかったりします。
診断
背中肋骨の痛みの原因
多発神経障害は、症状から容易に認識できます。診察と筋電図や神経伝導試験(脳、脊髄、神経の病気の診断: 筋電図を参照)などによって、脚の感覚低下や感覚消失に関する追加情報が得られます。多発神経障害の診断後は、治療可能な原因を特定していきます。血液検査や尿検査で、多発神経障害を起こしうる糖尿病、腎不全、甲状腺の異常などを発見できます。まれに神経の生検が行われます。
治療と経過の見通し
理学療法は、筋力低下を軽減します。
原因によって特異的な治療が行われます。ビタミンB6の過剰摂取が原因ならば、ビタミンの使用中止により症状も解消します。糖尿病による神経障害に対しては、血糖値を注意深くコントロールすれば、進行を遅らせたり症状を軽減できます。インスリンを分泌する細胞(島細胞(移植: 膵臓移植を参照))を膵臓に移植すると、神経障害が治癒することがあります。多発性骨髄腫、肝不全、腎不全の治療が行われると症状は徐々に改善されます。多発神経障害が癌による場合は、神経の圧迫を軽減するために癌を切除する手術が行われます。甲状腺機能低下が原因なら、甲状腺ホルモンを服用します。
急性や慢性の多発神経障害の予後(経過の見通し)は、それぞれの原因疾患によります。
ギラン‐バレー症候群
ギラン‐バレー症候群(炎症性の脱髄性多発神経障害)は、多発神経障害の1種で、筋力低下が進行して麻痺が起こる病気です。
原因は、体の免疫系が多くの神経の軸索を取り巻いている髄鞘を攻撃する自己免疫反応ではないかと推定されています。ギラン‐バレー症候群の約80%は、軽度の感染症、手術、予防接種後5日から3週間後に症状が現れはじめます。
ギラン‐バレー症候群には、急速に筋力が低下する急性型と筋力低下が徐々に起こる慢性型の2つのタイプがあります。
症状と診断
貧しいメモリ関節痛
急性型の症状は最初に両脚に現れ、腕に向かって上に進行します。ときには逆の順序で現れることもあります。症状は脱力、チクチクする感覚、感覚消失です。脱力の方が感覚異常よりも顕著に現れます。ギラン‐バレー症候群患者の90%は、2〜3週間以内に脱力が最も重症になります。5〜10%の人は、呼吸をコントロールしている筋肉が非常に弱くなるため、人工呼吸器が必要になります。顔面の筋肉やものを飲みこむための筋肉にも筋力低下が起こるため、約10%の人は静脈栄養、または腹壁を通して胃に直接栄養を送るチューブ(胃瘻[いろう]チューブ)が必要になります。非常に重症の場合、血圧の変動や心拍数の異常、その他の自律神経系の機能障害が起こります。
ミラー‐フィッシャー症候群と呼ばれる急性ギラン‐バレー症候群の珍しい変異型では、いくつかの症状しか現れません。眼球運動の麻痺、歩行困難、正常な反射の消失です。
慢性型では急性型と同様の症状がゆっくりと現れ、通常は約8週間以上かかります。症状は長く続き、永続的になることもあります。
診断は、検査結果と症状のパターンに基づいて行われます。重度の脱力を起こすことがある他の病気、たとえば横断性脊髄炎や脊髄の外傷などを除外するために、脊椎穿刺(脊椎穿刺の実施方法を参照)で採取した脳脊髄液の分析、筋電図、神経伝導試験、血液検査が有用です。脳脊髄液のタンパク質が増加していて炎症を起こしている細胞がなく、筋電図に特有の波形がみられれば、ギラン‐バレー症候群が強く示唆されます。
治療と経過の見通し
急性型のギラン‐バレー症候群は、急速に悪化するために緊急治療が必要で、発症者はただちに入院して治療を受けるべきです。適切な治療を開始するのが早いほど、良好な治療結果が期待できるため、診断の確立が決定的に重要です。病院では、必要なときにすぐに人工呼吸器が使用できるよう厳重な監視体制が組まれます。褥瘡(床ずれ)と外傷を防止するために、看護師は柔らかいマットレスを使い2時間ごとに体位交換を行います。関節と筋肉の機能を維持するため、理学療法はただちに開始されます。
血液中の有毒物質をフィルターで取り除く血漿交換(血液浄化で病気をコントロールを参照)や、免疫グロブリン投与が治療の選択肢になります。ステロイドは有効性が証明されておらず、病気を悪化させることもあるため、今では使用されません。
慢性型の患者では、ステロイドが脱力の軽減に役立ちます。おそらく長期投与が必要になるでしょう。免疫グロブリン、血漿交換、免疫抑制薬(アザチオプリンなど)も有効です。
大半の患者は治療しなくても数カ月かかってゆっくりと回復します。しかし早期治療ができれば回復は非常に早く、数日から数週間になります。成人患者の約30%、小児ではそれより幾分多く、発症から3年たっても脱力が残ります。病気の初期段階で死亡する患者は、平均して約5%未満です。
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